毎朝前を通るだけの、入ったことない美容室。
そこに、名前も知らないキミがいる。
ぼくが近くを通るのは、店の前の方ではなくて、
タオルとかが干してある、裏手の広い庭の方。
ぼくの通る歩道と庭は高い柵で仕切られている。
去年の秋頃からだろうか、そこに毎朝キミがいることに
ぼくが気づくようになったのは。
そのうちぼくが横を通るたび、柵のはしっこの角のところまで、
キミは毎朝やってくるようになった。
柵につかまりぼくを見ている。背丈はぼくより少し低いくらい。
何も言わずにただ見てるだけ。
ついついぼくも振り返ってしまう。
し ばらく後ろ向きのまま歩いたりして。
あんまり律儀に毎朝来るから、ある朝ポンッてさわってしまった。
ぼくよりちょっぴり低いあたまを。
大丈夫かなってこわごわ見たら、とってもニコニコわらってた。

それからそれがぼくたちの、毎朝のあいさつになった。
キミが柵までとんできて、
ぼくがキミのあたまをポンッ。
どしゃぶりの日にはそりゃ無理だったけど、
小雨の中でもキミはとんできた。

昨日は先週末からの、雪が積もって庭は埋まってた。
ぼくはといえば、ひざ上まである雪の歩道を
攻略するのに精一杯だった。
いつもの柵の前まできても、 そ のことにすら気づかずにいた。
そのときかすかにぼくを呼ぶ声。
立ち止まって振り返ると、
今度は大きく思いっきりに、叫ぶキミの声が聞こえた。
庭の向こうの家の中からぼくに向かって叫ぶキミ。
ぼくの方からキミは見えない。
だけどぼくは手を振った。そしたらこたえるキミの声がした。

今朝は快晴。歩道もところどころ除雪されてる。
今朝は果たしてどうだろう?ドキドキしながら歩いてるぼく。
いつもより、ちょっと遅れてキミは飛んできた。
そこまで来るのに苦労したのか、いつもよりハアハアいっている。
いつもはポンッでおしまいだけ ど 、今 日は何度も頭をなでた。
振り返って手も振った。
キミはとっても満足そうに、ぼくの方をずっと見ていた。

毎朝前を通るだけの、入ったことない美容室。
柵の向こうの広い庭には、一匹の大きな犬がいる。
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毎朝励まされているのは、ぼくの方だ。
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コメント

晶

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